朝から熱があるのは気付いていた。体が重くて頭も少し痛い。まあその、風邪だ。昨日寒い部屋に長時間い たせいかもしれない。ここしばらくの無理がたたったのだろうか。思い当たる節は数多くあるのだが、この 忙しいなか自分だけ休んでいるわけにはいかない。そのうち治るだろうという淡い期待のもとにいつもと同 じく仕事に追われていた。

「室長ーコレ追加〜。あとこれ、もうもらっていきますね」

「えぇーまた〜」

ごねる室長を尻目に、引き取った書類をかかえて室長室を出ようとする。

「リーバー班長、もう行っちゃうの〜?」

オレは両手に抱えた書類のせいで扉を開けるのにてこずっていた。

「忙しいんっスよ」

小さく振り返って、言い訳のように呟きながら何とか扉と格闘するオレ。荷物を一度床に降ろせばよいのだ ろうがそれはそれで面倒くさい。更に数秒間扉と向き合うオレに、ふと何かに気付いたのか室長がいった。

「顔色悪くない?リーバー班長」

「え、そうっスか?」

見た目にも分かるほどオレはひどい顔をしていただろうか。オレの戸惑いをよそに室長が素早くオレのそば へやってきて、額に手をあてる。その瞬間、視界がぐらついた。

「リーバー君っ!!」

オレの名前を呼ぶ声が酷く遠くから聞こえたように感じて、それから何も分からなくなった。







気が付くと、オレはベッドの上にいた。よく見ると、ココは救護班の部屋らしい。ベッドの横にコムイ室長 が座っていて、その回りをクリーム色のカーテンが囲っていた。

「大丈夫?」

オレが眼を覚ました事に気付いた室長が言った。どうやらオレの頭はまだぼんやりとしているようだ。

「あ…ハイ」

「良かった〜。いきなり倒れるからびっくりしたよ」

室長がほっとしたように笑う。それを見て、オレが心配させてしまったことに気付いた。

「えっと、その…スイマセン」

手が伸びてきて、優しくオレの頭を撫でる。ひんやりとした指が額に触れ、こぼれた前髪をすくった。見上 げると室長が優しく微笑む。

「ただの風邪だから寝てれば治るって」

「…ハイ」

「もう、無理したらダメだよ」

「…スイマセン」

「謝らなくていいから」

オレが沈黙すると、室長がふところから何か、液体の入ったビンを取り出した。その液体は紫色で見るから に毒々しそう。

「コレ、ボクが特別に調合したんだ。飲むかい?」

「い、いえ遠慮しておきます」

「そう?残念だなあ」

本当に残念だと思っている表情で言われ、背筋が寒くなる。いや、これはまだ残っている熱のせいだろうか 。オレに何飲ませる気だよと内心呟きながら布団を首の辺りまで引き上げる。

「ねぇ室長」

オレは熱で乾いた唇を軽くしめらせ、室長を見上げた。

「ん、なんだい?」

室長の顔が微かに近づいてきて小首をかしげる。

「キスして」

オレの言葉を聞いて至近距離で固まった顔がそこにはあって、首に手を回してそれを自分へと引き寄せた。 唇がかさなるとようやく硬直状態が溶けた室長が眼を閉じ、それと同時に舌先が唇を割って口内へと入り込 んでくる。熱のせいか、舌も、唇もいつもよりも冷たく感じた。髪の中を指がさまよって、乱れた髪を更に 乱される。もし人が来てこんなところを見られたらどうしようという考えがふと頭の隅をかすったがすぐに どうでも良くなった。もしかしたら室長にも風邪がうつるかもと思ったがその時はさっきの怪しげな薬でも 飲ませればいい。だんだん酸素が足りなくなってきて苦しいと思い始めたがそれを知ってか知らずかオレを 離そうとはせず、苦しくてうめく。

「ちょ…苦しっ…」

強引にオレの上の体を押し返そうとするがきかなかったので、鼻をつまんでやった。ほどなくしてギブアッ プの室長が大きく行きを吸い込む。

「何をするんだ、リーバー君。苦しいじゃないか」

不満そうに室長が唇を尖らせて言ってきたので

「それはオレの台詞っスよ」

と睨んでやった。なんだか妙におかしくて、顔を付き合わせたまま互いに微笑んだ。





「ジェリスちゃんがお粥作ってくれるってさ」

「お粥?」

「消化にいいんだ。食べさせてあげようか?」

「イエ、遠慮して置きます。」