束の間の



オレが科学班室に戻るなり誰かが言った。

「リーバー班長〜室長がいませーん。逃げました〜…」

いつもと同じようなざわざわした喧騒の中、オレは大きくため息をついてしまった。もういっそ、このままくたばってしまいたい程に疲れていた体を立て直し、コムイ室長を捜しに彷徨い出る。この忙しい時に余計な手間をかけさせやがってと怒りも湧いてくるが怒る気力がなく、とりあえずは室長の部屋に向かった。が、そこにいないのは予想済み。あの人のことだ、隠れるならもっと上手く隠れるだろう。もう少し考えてみて、それからオレの部屋へ行くとそこには案の定いた。オレのベットに、縦にばかり長い体を投げ出して気持ち良さそうに眠っていて思わず蹴り飛ばしたくなった。

「コムイ室長ー。起きてください」

幾度か肩を揺さぶるが起きるはずはなく、小さくうめくだけだった。必殺技(リナリーが云々…)を使おうと思ったのだが、その幸せそうな寝顔を見ると起こす事がどうしようもない罪のように思えてきてやめた。こっちだって眠いのにとか、何でオレのベットに寝てるんだとか言いたいことは色々とあったが、それら全部一度腹の中に飲み込んで静かにその寝顔を眺めた。ベッドの空いたスペースに腰かけ、ぼんやりと時計に目をやる。あと30分くらいなら平気だろう。もう一度室長を見て、額に乱れていた髪をそっとよけた。それから記憶がなくて、気が付くともう30分たっていた。どうやらうたたねしてしまったらしい。ふと見ると室長がニコニコしながらオレを見上げていて、見られていた恥ずかしさに顔が赤くなる。

「おはよう、リーバー君」

室長がベッドから起き上がってきて、オレの頬にキスした。

「起きてたんっスか」

抱きついてくる体を黙って押し返して立ち上がろうとすると逆に引っ張られ、オレはベッドに倒れ込んだ。

「ちょっ…そんなコトしてる時間はないっスよ」

平気な顔でオレの上にのっかかってくる室長をなんとか押し返そうと胸に両腕を突くと、その両手を掴まれた。オレは室長の下でなんとか抜け出そうともがくが逃げる事に失敗した。仕方なくオレは息を大きく吸い込んで最終手段に出る。

「室長発見しまし…んぐっ…」

あわてて室長の手がオレの口をふさいで、オレはその隙をついてベッドから起き上がった。そのまま引き寄せられ、背後から抱き締められる。

「…ゴメン、あと十分だけ。何もしないから、ね?」

オレが迷った末小さくうなずくと、口をふさいでいた手がやっとどけられてオレは空気を吸い込む。コムイの手がいつになく優しい動きで俺の髪をいじっておて、肩に回されていたもう片方の手に自分の手をそっと重ねた。触れ合っている背中が温かい。境界線が衣服ごしにドロドロととろけていくような奇妙な一体感が何故かとても幸せに思えた。ソレを壊すには多大なる勇気が必要だ。

「オレ、コーヒーか何か入れてきます」

そういって立ち上がり未練がましく振り返ると、名残惜しそうな表情を隠そうともせず

「そうだね」

といった。





「こぼさないで下さいね」

ベッドの上、二人並んで飲むコーヒーは何故かいつもよりも美味しい気がした。
味が、香りが、温度が
リアルに、怖いくらいに現実的に感じられる。

「はぁー…」

横からしみじみとした、空気が抜けるようなため息を聞いた。

「どうしたんっスか?」

静かな笑顔を見て、オレは胸が痛くなる。いつになく、この人が苦しんでいるのが分かったから。

「んー。なんだかこれから、もっともっと忙しくなるような気がするんだ。こうやって、ゆっくりコーヒー飲む時間もないくらいに」

「今だって充分忙しいじゃないっスか」

室長が軽く首を横に振った。

「もっとだよ」

それは予感。でも恐らくは間違いない。
だから
あと五分、束の間の休息





コムイさんはこうやっていつもおあずけをくらっているといい