屯所の桜が満開の頃、めずらしく総悟が寝込んだ。3日たっても熱は下がらす、嫌がる総悟を無理矢理医者に見せる。
医者に総悟の病名を聞いた時俺は愕然とした。驚きのあまりくわえた煙草が口のはしからこぼれ、庭の石畳へと落ちる。いくら医学にうとい俺でも良く知っている不治の病。
「もう本人は知っているので下手に気を使わないほうが良いかと。」
きわめてビジネスライクに言った医者を縋りつくように引き止める。
「治るんですか?」
「半年もてばいいほうかと、では」
総悟は、俺達に隠していたらしい。俺はどんな顔して総悟に会ったらよいのか分からなくて結局今までと同じように接した。いや、少しは優しくするようになったかもしれない。それでも日増しに顔色が悪くなり、寝込むことが増えてくる。だが総悟は刀を離そうとはせず、攘夷志士相手に一歩も引かなかった。せきがひどくなってくると俺も近藤さんも真剣に止めようとしたが総悟は笑って言うばかりだった。
「戦いで死ねるなら本望でさァ」
その笑みはなんだかとても悲しくさせ、俺たちもそれ以上は何も言えなかった。
好きにさせていたが、総悟は戦いでは死ねなかった。
寒くなってきて、体が動かなくなるとさすがに外に出たいとは言い出さなくなり一日中布団にいる事が多くなった。俺は机をもち込んで総悟の傍で仕事をした。そろそろ冬で、障子を開けておくのは寒いのに総悟は外を見たがった。
「ねぇ土方さん」
「どうした?」
俺は仕事の手を休めて後ろを振り返る。
「また雪、見られるかな…」
わずかに開いた障子の隙間からぼんやりとした眼で庭を眺めるそんな総悟にかける言葉が見付からなかった。こぼれおちそうになる涙をこらえ、そっと髪を撫でる。
「積もったら、去年みたいに雪合戦したいな…」
こんな時でも相変わらずガキで、それが余計にかなしくさせる。
まだ、ガキ…なのに…
「ねえ土方さん」
総悟が俺の手をつかんだ。
「好き…」
熱に浮かされた表情で俺を見上げる総悟に
「知ってる…」
と返し、薄紅色の唇にキスした。
朝から雪が降っている日だった。俺がいつもどうり総悟の部屋の扉を開けると、隊士達が神妙な顔付きで布団のまわりに座っていて俺は何となく悟った。覚悟はしていたから取り乱す事はなく、妙に冷静だった。感情が零れ落ちたかのように涙は出なくて、胸の奥をしぼりとられるように苦しかった。雪はしんしんと降り続く。今年初めての雪は積もりそうだった。開けたままだった障子から冷たい風が流れ込んでくる。俺が布団の傍に腰を降ろすと、隊士達は互いに目配せし合って部屋から出て行って、俺が取り残される。しばらくそのまま動かず白装束に包まれた身体をそっと見つめた。顔にかけられた白い布をそっとよけ、見るとその表情はどこか微笑んでいるようにも見えてほっとした。
庭には雪合戦には十分なくらいに雪が積もっていて、まだ誰にも踏まれていない雪は純白で美しかった。青い空にまぶしいくらいに輝いて、眼に痛かった。俺は両手を伸ばして木の上の雪をすくう。その時ふと思い出したのは、去年の良く晴れた秋の日、二人で川ぞいの堤防を歩いた時のことだった。
「ねぇ土方さん。10年後、俺達はどうなってるんですかね」
ふいにそんな事を聞いてきた総悟に、俺はロクに返事もしなかったような記憶がある。その頃の俺達の関係なんてそんなもので、その時はなんとも思わなかった。しばらくしてふと、ほんの気まぐれに横を見ると総悟は憧れるような、そんな表情で空を仰いでいた。その様子がゾッとするほどに儚気で綺麗だったのを覚えている。もしかしたらあの時、総悟は自分の未来を予感していたのだろうか。寂しそうで消え入りそうな様子がそんな考えを想いおこさせる。もしあの時、俺がちゃんと総悟をつかまえていたら、今も総悟はここに存在していたのだろうか。すくった雪はゆっくりと掌の上で溶け、水になって地面へと滴り落ちていった。